会津若松市戊辰150周年記念事業

歴史と観光のまちを巡る
モデルコース

白虎隊ゆかりの地をめぐる

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コース概要
スタート

磐越自動車道会津若松IC 

車15分

1

鶴ヶ城つるがじょう

鶴ヶ城

まずは鶴ヶ城天守閣内の郷土博物館で幕末の歴史に触れてみましょう。白虎隊士「篠田儀三郎」がナビゲーターを努めるVRシアターで幕末の会津若松を体感したら、いよいよ白虎隊ゆかりの場所へ出発です!

住所 : 福島県会津若松市追手町1-1

問合せ先 : 会津若松観光ビューロー

電話 : 0242-27-4005

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徒歩5分

2

日新館天文台跡にっしんかんてんもんだいあと

日新館天文台跡

日新館は鶴ヶ城西側に約7200坪という広大な敷地に建設されました。戊辰戦争により焼失しましたが、天文台は日新館の施設で今に残る唯一の遺構です。付近には白虎隊士「篠田儀三郎」(米代1-4-30)、「津川喜代美」(米代1-3-31)の生家跡が有り、紹介板と石碑が設置されています。

住所 : 福島県会津若松市米代1-1-55付近

問合せ先 : 会津若松観光ビューロー

電話 : 0242-27-4005

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徒歩3分

1

會津藩校日新館跡石碑あいづはんこうにっしんかんあとせきひ

會津藩校日新館跡石碑

鶴ヶ城の西方に會津藩校日新館跡の石碑が有ります。隣には日新館の建設に二千両を超える献金を申し出た藩の御用商人「須田新九郎」の石碑もあります。ここではARアプリで、幕末当時の日新館の姿をCGで見ることが出来ます。(見学後駐車場まで徒歩5分)

問合せ先 : 会津若松観光ビューロー

電話 : 0242-27-4005

車10分

4

飯盛山(白虎隊士の墓・自刃の地ほか)いいもりやま(びゃっこたいしのはか・じじんのちほか)

飯盛山

飯盛山には、自刃の地とその墓をはじめ、戸ノ口原の戦いを撤退する際にくぐってきた「戸ノ口堰の洞門」、白虎隊士霊像が祀られている「宇賀神堂」など、白虎隊ゆかりの場所が点在しています。また「白虎隊記念館」や「白虎隊伝承史学館」など幕末の資料を見ることのできる施設も有ります。更に、近くには白虎隊が出陣した「 旧滝沢本陣」もあります。

住所 : 福島県会津若松市一箕町八幡弁天下

問合せ先 : 飯盛山観光案内所

電話 : 0242-33-6030

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車10分

1

妙国寺みょうこくじ

妙国寺

飯盛山で自刃した白虎隊は初め、肝煎(きもいり) 吉田伊惣冶(よしだいそじ)の手により妙国寺に仮埋葬され、後の1869年春、埋葬許可がおり、飯盛山に改葬されています。妙国寺の一角には白虎隊仮埋葬の碑が建っています。

住所 : 福島県会津若松市一箕町八幡墓料78

問合せ先 : 妙国寺

電話 : 0242-25-3337

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車10分

6

會津藩校日新館あいづはんこうにっしんかん

會津藩校日新館

かつては鶴ヶ城の西側にあり戊辰の戦火で焼却した藩校日新館を復元した施設。当時の少年たちの勉強ぶりを知ることが出来ます。

住所 : 福島県会津若松市河東町南高野字高塚山10

問合せ先 : 會津藩校日新館

電話 : 0242-75-2525

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車10分

6

戸ノ口原古戦場とのくちはらこせんじょう

戸ノ口原古戦場

慶応4年8月23日(旧暦)、西軍約3000人と会津藩・新選組・水戸藩兵約500人が戦った場所です。前日の8月22日(旧暦)に会津藩はざんごうを構築したと思われます。現在8ヶ所確認され、長いものでは100メートルを越しています。飯盛山で自刃した白虎隊は、前日の8/22菰土山(こもつちやま)の陣地を新選組に譲り、前方の姥山のざんごう跡に移動し、8/23の朝、6時頃、西軍と戦いました。会津古城研究会では、強清水区の協力を得て陣地跡の草刈を実施しており、2ヶ所は年間を通じて見学することができます。
【紹介者:白虎隊の会理事】
(「戊辰戦争と会津の先人」ゆかりの場所にご応募いただいた内容)

住所 : 福島県会津若松市河東町八田大野原

車10分

ゴール

磐越自動車道河東IC