会津若松市戊辰150周年記念事業

大政奉還・王政復古の大号令写真

▲ 大政奉還

265年の徳川幕府の終焉

将軍家茂の急死と「薩長同盟」の成立により、倒幕への機運が高まっている中、徳川慶喜が将軍に就任すると同時に、公武合体派の孝明天皇が崩御してしまいました。
明治天皇が即位すると朝廷内では岩倉具視を中心とした倒幕派の暗躍が始まり、薩摩藩西郷隆盛・大久保利通と共に天皇からの「倒幕の密勅」を入手して倒幕の大義名分を得ました。この動きを察知した徳川慶喜は幕藩体制の限界を悟り、1867年(慶応3年)10月、政権を朝廷に返す「大政奉還」を行い、265年もの長きに亘り政権を担ってきた徳川幕府の幕を閉じ、京都守護職も廃止されました。
しかし、大政奉還の後、新政府は明治天皇の名において「王政復古の大号令」を発し、天皇中心の政治に戻すことを宣言し、徳川家の影響力を排除するため、慶喜の官位剥奪と領地返上を決定しましたが、在京の会津・桑名などの諸藩はこの陰謀に強く反発し、旧幕府軍と新政府軍の武力衝突へと発展していきます。

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松平 容保
会津藩9代藩主 京都守護職

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松平 定敬
桑名藩主、会津藩主松平容保の弟