会津若松市戊辰150周年記念事業

新政府軍による城下への攻撃写真

▲ 会津戦争記聞

鶴ヶ城籠城戦へ

城下へと進攻した新政府軍は、城内に残っていた藩士らの反撃によりすぐに攻め落とすのは無理だと考え、8月26日、鶴ヶ城を包囲して砲撃を開始しました。
会津藩は城内に戻ってきた藩士やその家族、旧幕府軍の藩士と共に鶴ヶ城に籠城しました。しかし、会津藩家老西郷頼母一族をはじめ、婦人や老人・子どもの多くが足手まといになるのを恐れ、城内には入らず自刃するものも多くいました。1日に約2500発もの弾丸を鶴ヶ城に打ち込まれましたが、難攻不落の鶴ヶ城で会津藩は必至に応戦しました。
また、城外各地においても奮戦し、城に入ることが出来なかった中野竹子ら婦女子の一群も、郊外の涙橋付近で敵兵に遭遇し、薙刀で応戦しました。
会津藩の徹底抗戦の前に新政府軍は、9月14日に総攻撃を開始し、1日に2500発もの弾丸を鶴ヶ城へと打ち込み大きな被害を与えました。

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