会津若松市戊辰150周年記念事業

斉藤 一写真

新選組最強の剣士

幕臣の山口祐助の次男として生まれ、新選組結成後は、その腕を買われて三番隊の組長となりました。沖田、永倉に並ぶ剣客で剣術師範も務めるほどでした。
鳥羽・伏見、甲州勝沼の戦いを経て会津に辿り着き、負傷した土方に代わり隊長として新選組を指揮しました。
会津戦争が敗戦間近になると、『会津を見捨てるのは正義ではない』と、一部の同士とともに会津に残り、その後、藤田五郎と改名し、会津藩士の娘時尾(ときお)と結婚。後半生を会津人として生き、市内七日町阿弥陀寺に眠っています。

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