会津若松市戊辰150周年記念事業

山川 浩写真

会津の知将。彼岸獅子で入城

家老職の家に生まれ、19歳の時、京都にいた藩主容保の命で上京し奏者番となりました。幕府の樺太境界議定に随行し世界の体制を学びました。
会津戦争では新政府軍に包囲された鶴ヶ城に、彼岸獅子を先頭に堂々と無血入城を果たしたというエピソードがあります。
敗戦後は、松平家の家名を再興、斗南藩大参事となり藩務にあたり、困窮する人々のために奔走しました。
廃藩後は陸軍省に入り、少将まで進みます。この間、東京高等師範学校長などを兼務しました。また会津藩の正当性を記した「京都守護職始末」を執筆。没後に弟の健次郎により刊行されました。

関連スポット

ゆかりの地

十和田市/青森県

元斗南藩領

むつ市/青森県

元斗南藩領・姉妹都市

野辺地町/青森県

元斗南藩領

京都市/京都府

奏者番