会津若松市戊辰150周年記念事業

保科 正之写真

会津松平家初代藩主

初代藩主。2代将軍徳川秀忠の子として生まれるが、母が側室ゆえ武田信玄の娘見性院に育てられ、信州高遠の城主保科正光の養子となりました。
3代将軍家光に実弟として認められ、最上山形に続き会津23万石の城主となりました。
家光の没後、正之はまだ幼かった4代将軍家綱の政治を補佐し、文治主義を徹底させる傍ら、会津の政治にも目を配り、藩の憲法ともいえる「家訓十五ヶ条」を定め、子孫に徳川家への忠誠を示しました。
没後は猪苗代町にある土津(はにつ)神社に祀られました。

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