会津若松市戊辰150周年記念事業

会津の行く末を憂いた会津藩士秋月悌次郎

秋月悌次郎(本名:秋月胤永)は会津藩主松平容保が「京都守護職」の任についた際に公用方に抜擢され、諸藩との折衝や情報収集などに活躍しました。戊辰戦争後、猪苗代で謹慎中でしたが抜け出し、新潟で旧知の長州藩士奥平謙輔に会津藩の寛大な処分を訴え、未来を託す優秀な若者の教育を頼みました。その帰途、束松峠ではるか鶴ヶ城を望みこの詩を詠みました。

行無輿兮帰無家(行くに輿無く、帰るに家なし)
国破孤城乱雀鴉(国破れて、孤城雀鴉乱る) 
治不奏功戦無略(治は功を奏さず、戦いは略無し)
微臣有罪復何嗟(微臣罪有り、復何をか嗟かん)
聞説天皇元聖明(聞く説、天皇元より聖明)
我公貫日発至誠(我公貫日、至誠に発す)
恩賜赦書応非遠(恩賜の赦書、応に遠きに非ざるべし)
幾度額手望京城(幾度か額に手して、京城を望む)
思之思之夕晨達(之を思い之思うて、夕晨に達す)
憂満胸臆涙沾巾(憂いは胸臆に満ち、涙巾を沾す)
風淅瀝兮雲惨憺(風は淅瀝として、雲惨憺たり)
何地君置又親置(何地に君を置き、又親を置かん)

住所
福島県会津坂下町束松泥布沢
アクセス方法
会津坂下ICから車で10分(天屋の束松群) 天屋の束松群から徒歩で1時間
お問合せ
会津坂下町役場商工観光班
Tel 0242-83-5711